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ペット飼育の効用

人と犬の絆について

麻布大学 
介在動物学(セラピーアニマル)研究室
教授太田 光明 先生

太田先生は、現在、麻布大学で介在動物学研究室の教授として、動物と人の関係や、動物が人に与えるさまざまな効果について研究をしていらっしゃいます。今回は特に人と犬の関係についてお話をうかがいました。

インタビュアー
株式会社JPR 獣医師 飯田恵理子
飯田:

まず、現在の日本で人と犬がどのような関係にあるのかを教えてください。

太田先生

人と犬の歴史は非常に古いものですが、もともと犬は猟犬や番犬など生活の役に立つ生き物として人に飼われていました。しかし、日本を含むヨーロッパ、アメリカなどの主要先進国では、今は使役に用いるためではなく、コンパニオンとして飼うことにその目的が移行してきているようです。 それは、人と人との関係が希薄になっている現代のライフスタイルや核家族化が関係していると思います。もともと人は群れで生活をする社会的な生き物です。一人ぼっちで生きていくことは出来ず、他者とコミュニケーションをとることに喜びを見出します。しかし、近所づきあいの少ない集合住宅に住む人が増え、他人との会話は少なくなり、少人数で暮らすようになってきました。このような変化から、群れを作りたいという本能や誰かとコミュニケーションをとりたいという欲求から、足りないものを補うようにペットを飼う人が増えているのかもしれません。また、子供のいる家庭のほうがペットを飼うケースが多いことから、子供の情操教育や遊び相手としてペットを家庭に迎え入れていることも推測されます。

飯田:

犬は人に飼われたいと思っているのでしょうか?

太田先生

犬は人と同じく群れ社会を営む動物なので、お互いに惹かれあう関係にはあると思います。また、犬はどうやら人と群れを作りたがっているように思われます。犬の嗅覚が非常に優れていることはよく知られていますが、その中でも特に酢酸、イソ吉草酸、アンモニアに対しては非常に敏感で、酢酸を探知する能力は人の1億倍もあるといわれています。そして、これらはすべて人の体臭に含まれている成分なのです。すなわち、敏感な嗅覚の中でも特に人を見分ける能力を高めてきた可能性があります。もしかしたら、犬は生きる戦略として人をパートナーに選び、人とのつきあいを大切にしようとしているのかもしれません。

飯田:

犬がいる生活とは我々にとってどのような意味があると思われますか?
犬がもたらす恩恵とはどんなものでしょうか。

太田先生

犬が人の健康のためになる、生理的なメリットがあるということについて、現在数多くの報告があります。いくつか例を示しましょう。日頃犬と良い関係を築いている人が犬と30分ふれあった結果、血液中のオキシトシンホルモンが上昇したという研究結果があります。オキシトシンホルモンは別名ハッピーホルモンとも言い、リラクゼーション効果や安心・信頼といった感情をひきおこす効果があるホルモンです。 また、近赤外光脳機能イメージング装置といって、活動中の脳内の神経活性を測る装置を用いて実験をしてみたところ、「スワレ!」と人が指示を出して犬がその言葉に従って座ったとき、大脳皮質の神経活性が上昇することが明らかになりました。さらに、うつ病の人に犬を抱っこしてもらったら同様に大脳皮質が活性化されたのです。 このように犬とコミュニケーションを取ったり、犬の体に触れることによって発生する、いわゆる「癒し効果」と呼ばれるものは、なんとなくといった気分的なものではなく、生理学的根拠に基づいていたのです。これはロボットやぬいぐるみでは得ることが出来ないことも確認されています。

飯田:

どんな犬でも、人の健康のためになるのでしょうか。

太田先生

犬が人の健康に役立つペットとなるには、犬と人が良い関係にあるということが大前提となります。先ほど述べたオキシトシンホルモンの実験でも、犬と良い関係になかった人では犬とふれあってもオキシトシンホルモンはあまり分泌されませんでした。良い関係とは、犬が人のことを信頼して言うことを聞き、良いことをして人からほめられた犬が喜び、喜んでいる犬を見てまた人も嬉しいと思うような関係です。

飯田:

犬とそのような関係を築いていくにはどうしたらいいのでしょうか。

太田先生

犬と良い関係を作るには、パピートレーニングが非常に重要であると私は考えています。犬を飼う時には必ず人社会で生活する上で必要な基本的なしつけを行うようにするべきです。しかし、パピートレーニングをする施設も、それを行う人材も日本ではまだまだ足りません。犬の先進国イギリスでは、ロンドン周辺だけでもドッグスクールと呼ばれる施設が3000以上あるといわれています。しかし、日本では少数のペットショップや動物病院が行っているだけで、その数は全く及びません。しつけの基本である動物行動学が獣医師を目指す学生の基礎科目になったのもごく最近の話で、日本は犬の教育においてヨーロッパやアメリカから一歩も二歩も遅れている、もっと頑張らなければいけないと感じます。

飯田:

全ての犬がパピートレーニングで基本的なしつけを学ぶようになれば、日本での犬の立場もまた変わってきそうですね。

太田先生

そうです。もし、全ての犬が人と良い関係が出来ていれば、犬のいる社会というものがもっと当たり前になるでしょう。家庭犬であっても介助犬のように全ての場所に一緒に連れて行くことも出来るようになると思います。電車に乗ったり、お店に入ったり、いつでも飼い犬と一緒に行動できるようになるでしょう。犬の飼育を禁止する集合住宅もなくなり、住宅事情から犬を飼うことを諦めるといった人はいなくなります。そして犬と人の絆をさらに深めていくことができると思います。

飯田:

そうできたら、本当にすばらしいですよね。犬と良い関係を作るのにもうあと少し社会が一段上にいけるように、私たち獣医師から飼い主までが共に犬のことを考えながら先に進んでいかないといけませんね。

本日はお忙しい中、たくさんの有意義なお話、ありがとうございました。

<参考文献>
・Serpell J.A.人の健康状態に与えるペット飼育の効果(要約),ERCAZ Newsletter,July 2009
・Eddy,J.,Hart,L.A.,&Bolts,R.P.1987 車いす使用者の社会的交流に関するサービスドッグの効果(要約),ERCAZ Newsletter,October 2009
・Siegel J.M. 高齢者のストレスの原因となる出来事と通院回数について 〜ペット飼育による緩和作用〜(要約),ERCAZ Newsletter,April 2009
・Headey,B.,F.Na,R.Zheng 中国におけるペットが飼い主に与える恩恵 〜自然実験に基づく調査〜(要約),ERCAZ Newsletter,April 2009
・太田光明 人と動物の関係における諸問題 −犬の社会化教育− 日本獣医師会会報 第59巻2006 211-214
・Miho Nagasawa,Takefumi Kikusui,Tatsushi Onaka,Mitsuaki Ohta Dog’s gaze at its owner increases owner’s urinary oxytocin during social interaction Hormones and Behavior 55(2009)434-441